FC2ブログ

ひき逃げ事故に遭ってしまった話〈前編〉

ByUcchyT

ほとんど個人の日記としてしか考えていない当ブログですが、もし継続してご覧の方がいらっしゃったら、12月から年始にかけて全く更新がなかったことにお気づきかもしれません。

その理由は第三日曜日のライドの最中に事故に逢ってしまったからなのであります。


何かのお役に立つかどうかはわかりませんが、齢五十と有余年の中でも稀有な体験だったので詳細を記しておくことにします。

不吉な記事には興味なしという方はどうぞスルーしてください。


1、当日のプランとその経過


前日土曜日に会社の年末の締め括りである会議と忘年会があった翌日は快晴だった。

前週に海側へ走って霊峰の画像も得られたが、その前に和田峠からの画像を求めてアプローチするも崖崩れで叶わなかった心残りがあったので、奥多摩方面から望める別のスポットを目指すことを決めた。

それは1年程前に一度訪れているこの場所。

IMG_9841.jpg 

桧原村から甲武トンネルを抜けたすぐ先にある見晴台から望むこの景観。

黄金色のすすきと山々の稜線そして雲間から真白にそびえる富士。

ここからの景色をもう一度楽しんで、その画像を残したいというのがライドの目的でした。


遅い旅立ちで9時前頃家を出て、久々に遠回りして登戸から多摩川CRに出て上流を目指しました。

ルートはいくつか想定しながら結局大回りなルートを取ることになり、CR上で見え隠れしていた富士を何かと併せて撮影しておこうと唯一残したこの写真が、まさか最後の愛車のサイクリング画像となろうとは勿論このときは知る由もなく...

IMG_0055.jpg 

(因みにこの写真はインスタでも好評で、この前の江の島で初200超えした画像をも上回り最多いいねを更新し、イマdexタマという多摩のイベントサイトさんにも取り上げて頂きました)

そして図らずもこの後ある橋を渡ろうと歩道から車道へ出たところでこの旅は強制終了となってしまうのでした。


2、事故発生!


ある橋を渡って西へ向かうべく、裏道から一旦歩道を走っていた私は、橋のすぐ手前の交差点から右後方を目視しして確認してから車道に合流した。

IMG_0217.png 

慌てる旅でもないので歩道で渡る選択肢もありながら、このように青く自転車通行帯もあったので、道交法上も正解である車道の路肩付近を走り始めるや否や、恐らく背後から来た車に相当な勢いでぶつかられ、私は自転車ごとはね上がり、身体は足が進行方向に向いた状態で仰向けに路側帯に着地。

 落ちた衝撃を感じながら前を走り去る赤い車が目に入るも、その小さく縦に四角いブレーキランプは灯ることなく、橋の中央を越えてその姿が消えていこうとしている。


「ひき逃げー!」


と叫んだつもりの声は殆ど声として成立していなかった。


 車が視界から消えた頃中年男性が1人2人と寄ってきた。 
後に聞いた話では向こうから歩道を自転車で来た人が、自転車が跳ね上がる様子を目撃して来たとのことだった。

そこからは質問に声にならない声で答え、危険防止の為身体を歩道側に寄せられ、背中から脇腹あたりが痛みグキグキと鳴っていることから骨折しているのを自覚。 
手足には特に痛みを感じなかったが、起き上がるのは不可能だった。
頭や首には痛みもなく意識は明確。
吐き気や何処かが出血してそうな感じもなかった。

 恐らく10分と待たずに救急隊と警察が到着。 
これまで救急車に乗ったのは去年の夏に一人暮らしで音信が途絶えた父親の様子を見に行ったら、ガンで倒れていて一緒に救急車で病院へ搬送のときが初めて。
 自分の日がこんなに間も無く来るとは。 

救命班は手際よく質問しながら身体の状態を判断し、上手に担架に乗せて車内へ。
その頃には警察も駆けつけていて、
「目撃者は居ませんかー?」
など手掛りを探し、時折こちらへも質問をしてきた。 
「 赤い車、ひき逃げ 」
これだけは出ない声でもなんとか伝えた。 
救急車が収容先を決めて出るまでに、鎖骨と肋骨の何本かが骨折していることが判明。 

車中で誰かが荷物からケータイを探し出し、家族の連絡先をと聞かれ、自分では眼鏡もないので操作出来ずに難航し、妻の連絡先がすぐ見つからなかったので娘の電話番号を探してもらい、そこからなんとか連絡も付いた様子だった。 
発車して病院へ到着するまでそんなに長くは感じなかった。

病院で着衣にハサミを入れられレントゲンやCTスキャンなどの検査が手際よく行われ、いくつものベッドがありそうな病室へ運ばれて角度調節可能なベットに移り、痛みをこらえながら寝間着に着替え点滴などを装着しようやく激動の一日が終わっていった。

自分を跳ねた車のドライバーはまさか轢いた自覚がない訳ないと思うが、きっと動揺して怖くなって逃げたのだろう。 
ひと晩のうちぐらいに冷静になって自首してくれないかな。 
車が視界から消えていくのを見ながら感じた失念の感はとても忘れ得ないが、
そうしてくれたら、少なくともそのことにだけは感謝できる気がする。
明日は月曜で現地待ち合わせの仕事の予定だったが、この状態の連絡が伝わりちゃんと遂行されるだろうか。 
などなど。
 いろんな想いが頭を巡りながら、ここからまだ何処にいるかも判っていない病院での入院生活か始まる。


3、入院 !


入院なんて小4の盲腸以来、まして骨折については親兄弟を含め話を聞かないくらいこれまで無縁だったのが一気に8本同時へジャンプアップ!

点滴に何かのセンサー、鼻には酸素吸入を装着し、自力では起き上がれそうにないという状態を見ただけでもこりゃ相当重症としか思えない。

因みに事実退院後に発行された診断書に書かれていた内容によると、

[多発肋骨骨折、外傷性気肺、右鎖骨骨折、全身打撲]

こんなの一体いつになったら退院できるかなど予想すら出来ない。


担当医が現れ、骨折に関しては手術を行わずに治す方向だと告げられ、腹帯と肩バンドが装着される。


尿意を催し、一度目は男性看護師が尿瓶でやってくれたが、二度目は女性看護師に自分でやるよう言われてベットの上で尿瓶に出したところ、装着の角度が悪かったらしくベットの上が池になるという普通ならありえない失態もあった。

だが頭と消火器系、下半身と左半身は全く異常がないので、すぐに少しづつ正常な生活へ戻っていく。


2日目の昼から給食も出たが、打っていた痛み止めの副作用で吐いてしまい、せっかく好物のだったのに喰い逃がしてしまった。

以来退院までの2週間カレーのメニューが回ってこなかったのは、病院の食堂のメニューの豊富さを褒めるべきか。


3日目には集中治療棟室から一般病棟へ移され、ケータイの使用も許されTVも見られるよう人間的生活に戻った。

会社のみならず忘年会の予定があった友達や自転車仲間へ連絡のメールを打つことで重症患者の脳が通常モードに切り替わっていく。


ただこの日から悩まされたのが痰の発生で、気管の奥底から湧いてくるのを咳払いで押上げ、渾身の力で咳込んで放出という肋骨が痛んで辛い一連の動作。

やっと出せたかと思えば、その時には既に次が湧いていて絶え間なく繰り返されるのだ。

パチンコの確変ならいずれ終わるが、結局朝までこれが続き一睡も出来なかったので、こんなのが続いては肋骨だって治る筈がないと担当医に話したが、痰を止める訳にはいかないと言うので、出し易くなる薬を処方してもらうしかなかった。

そして骨を治すにはしっかり食事を取って早く元気になることと言われ、はたと気がついた。

しまった!和食に牛乳合わんと飲まずに下げられてたが、骨と言えばカルシウムではないか‼︎


これを境に給食は漏れなく完食するようにしたら、すぐに点滴も外され自由に歩き回れるのうになった。

リハビリ担当医もついて毎日歩いたりスクワットなども行い、隣のコンビニへ自由に買い物にも行き始めた。

最初は看護師さんに洗って貰ったシャワーも、2回目からは左手を駆使して独力で出来るようになった。


世間はクリスマスに忘年会シーズン。自分の誕生日もこの時期。

予定してた集まりにも参加できなくなったし、病院で出来る限り楽しんで過ごそう!

綺麗な富士山の眺望のための旅がもたらした入院生活だったが、期しくもその病院からの富士山がかなりよく見えた。

HIHF0437.jpg

それに気付いたタイミングがもう少し早ければジャストの画像が残せた筈のダイアモンド富士崩れでした。


さて、こんな感じで患部の痛みも薬を飲み続ければ出ないので、右手の動きに制限がある以外にたいして不自由もないとなれば、入院している意味も薄れていよいよ退院の話になり、カミさんの仕事の都合に合わせ大晦日に早くも娑婆へ出ることが決まる。


あとは秒読みしながら残りの残りの入院生活を楽しむのみと言いたいところだが、実は睡眠が取れる日と寝付けない日があリ、終盤になってその要因が

として胸バンドの背中の部品が当たるるのと、ベッドを平らにすると寝付けないことに気づいていた。

そうこうしながらあっと言う間に退院の大晦日がやってきた。


4、事故その後


事故の捜査がどうなったかは当然ずっと気になっていて、携帯が使えるようになってすぐに割と近くに住む自転車仲間に連絡を取り、現場に何か手掛かりや遺留品がないか見てもらったところ、何も無い代わりにこんな写真を撮って貰った。

IMG_0339.jpg 

警察はカミさんを通じての情報で捜査を進めているらしく、容態を心配してかなかなか病院に直接聞きに来なかったので、こちらから申し出たら退院4日前にようやく病院までやって来た。

現場から少し離れた場所のカメラで撮影した赤い車の候補の写真を見てどれが近いか絞ったり、当日の詳しい流れをようやく説明出来たので、あとは日本警察の実力を信じて待つだけだ。


<後編へ続く>

スポンサーサイト
Share

Comments 2

There are no comments yet.

フルカワヒロミ  

何かあったのではと心配しておりました

ブログの更新が全くないので,心配していましたが,今日のぞいてみると,メニュー画面が変わっていたので,その関係だったのかな?とのんきに読み進めると,とんでもないことが起こっていたのですね。
本当,こちらが気をつけていても,相手が何も考えていなければどうしようもないですもんね。
肋骨骨折については私も経験があって,仕事の関係で複数本折ってしまったのですが,コルセットのようなものを装着する以外に治療方法がないということなので,医者に「翌日から仕事に行って(新幹線通勤)もいいですか?」と尋ねたところ,即座に「あんた馬鹿かね。全治1か月の重症ですよ。あなたが飄々としているだけで,入院してもおかしくない重症ですからね。」と思いっきり怒られてしまったことを思い出してしまいましたです(でも,仕事には行きましたけどね。)。
まだ,寒い日が続きます(特にこちらの山の中の町では)ので,春に向けてしっかり体を休めて,しっかり治してください。お互い無理がきかない年代ですし。

2018/02/21 (Wed) 19:28 | EDIT | REPLY |   

UcchyT  

Re: 何かあったのではと心配しておりました

フルカワさん、早々にコメントをありがとうございます!

> ブログの更新が全くないので,心配していましたが,今日のぞいてみると,メニュー画面が変わっていたので,その関係だったのかな?とのんきに読み進めると,とんでもないことが起こっていたのですね。

更新が遅れたことでご心配いただいていたとは、重ね重ね感謝の気持でいっぱいです。
これだけ走り回ってればいつかはと覚悟してはいましたが、こんな展開はちょっと想像の域を超えてました。

テンプレを変えたのはフォント化けで読み辛い時があったのと、こんな事があったので黒基調から明るくしたかったからです。

> 肋骨骨折については私も経験があって,仕事の関係で複数本折ってしまったのですが…
…(でも,仕事には行きましたけどね。)

すぐに仕事とは鉄人ですね〜
私も退院の頃には机仕事なら出来そうと思いましたが、満員電車を思い出すと当分無理!となり、
そこから乗る自信が持てるまでにはけっこう掛かりました。

> まだ,寒い日が続きます(特にこちらの山の中の町では)ので,春に向けてしっかり体を休めて,しっかり治してください。お互い無理がきかない年代ですし。

本当ですね!
潰れたのが首都圏で大雪もあった真冬だったのはまだラッキーでした。
気温の上昇に合わせて治していけるように、少しずつリハビリしていきたいです。

間も無く後編もアップ致しますので、引き続きお付き合い頂けましたら幸いです。

2018/02/21 (Wed) 21:28 | EDIT | REPLY |   

Leave a reply